もうずいぶん昔の恋なのに、
なぜか夕方の空だけは、今でもはっきり覚えている。
顔は思い出せないのに、夕方だけが残っている。
最初に出会ったのは、アルバイト先だった。
私は5歳年下で、きっと相手にされないと思っていた。
それなのに、気づけば、いつも彼がいるのかを探していた。

お店のみんなで遊園地に行ったことがあった。
今思うと不思議なんだけど、 なぜか観覧車だけ、二人で乗ることになった。
何を話したのかは、もう覚えていない。
ゲームコーナーで、彼が大きなクマのぬいぐるみを取った。
「すごいね」と誰かが言ったあと、
彼はそれを、私に渡した。
どうして私だったのか、今でもわからない。
周りのみんなは、なぜか当たり前みたいな顔をしていた。
私も就職先が決まり、バイトを辞めることになった。
最後の日。
「お先に失礼します」
そう言って店を出たのに、帰れなかった。
このまま終わるには、耐えられなかった。
夜風が少し冷たくて、理由にするにはちょうどよかった。
気づいたら、もう一度ドアを開けていた。
彼は、まだいた。
「…どうしたの?」
彼が少し驚いた顔で言った。
何を話したのかは覚えていない。
ただ、近くに立ったときの距離の近さだけ、覚えている。
しばらくして、ある休みの日。
彼が誘ってくれて、海沿いの喫茶店に行った。
夕方だった。
まだ、少し青が残る空。
店内には
You’re My Only Shinin’ Star が流れていた。
「悲しい曲だね」
彼がそう言った。
その横顔を、私は見ていた。
今では、彼の顔も、告白の言葉も思い出せない。
でも、テトラポットに腰かけた姿と、
風に混じったシトラスの香りだけは、今も残っている。
やがて私は、彼の優しさに慣れてしまった。
彼はきっと精いっぱいだったのに。
崩れるときは、驚くほど静かだった。
何年かして、駅で偶然会った。
「結婚した?」
「うん」
それだけだった。
それだけで、あの恋は思い出になった。
少し前、引き出しを整理していたとき、
一枚だけ古い写真が出てきた。
お祭りの日に撮った写真だった。
彼は、優しく笑っていた。
少しだけ見て、
すぐに引き出しに戻した。
それで、十分だった。
彼の顔は、もう思い出せない。
でも、あの夕方だけは消えない。
少し青を残したまま、
今も私の中にある。
恋の記憶は、時々ふとした瞬間に思い出されるものです。
もし今、恋に迷っているなら、誰かに話してみるのも一つの方法かもしれません
